写真と絵画の“ 間(あわい)”
2026 年4 月17 日から4 月26 日まで鞆岡隆史の写真展では、鞆岡隆史の過去作から現在の作品に至るまでの3 部の構成となっております。鞆岡の写真作品は、花木・蓮・枯れ木のシリーズがあり、様々な“ 間(あわい)” が表現されています。
鞆岡の写真作品は、絵画性と写真性の間を揺蕩うような特徴があります。一見すると和紙に転写された精密な日本画のような表情を表しますが、観察するほどに絵画では表現できない現実が画面に浮かび上がります。非常に平面的でありながらも、存在の奥行が作品から感じられます。 村上隆が提示したスーパーフラットを鞆岡なりに解釈したような世界が表現されるのは、彼の特有の撮影技法にあります。
レンズの光軸を傾けるクラシカルな技法で、遠近のある植物の動きを一つの画面にすべてピントが合った状態で撮影されます。また、背景には白を用い余白の効果を演出することで、琳派の絵画のような風景が映し出されます。 鞆岡の写真と絵画の“ 間(あわい)” を生み出す表現が、弁証法的に様々な高次の気づきを鑑賞者に与える効果を演 出します。余分なものを排除したミニマルな構図として撮影した世界の対照に、複雑で不完全な植物が画面を支配し、 また、非現実的な描写の中を観察していくと、虫食いなどの不完全な生の現実が描写されている鞆岡の写真作品。写真としての文脈を超えて、表層の世界と表層では捉えきれない現実の奥深さが、鞆岡の作り上げる平面には映し出さ れています。それは、ただ植物を撮ることや表現をすることに執着をするのではなく、植物との対話の上で成り立つ という恣意性のない純粋な関係性を映し出しているからこそ、鞆岡隆史の写真には、非現実的と現実、絵画と写真の “ 間(あわい)” にたち、鑑賞者を彼の作品との深い対話へと誘います。
そして、今回展示される3 部のシリーズからは、生と死、色と形、発達と崩壊というテーマが見られます。 草花や蓮からは、その色彩から生を感じることができます。しかし、色彩の強い草花や、蓮には、虫食いや若干の朽ちた部分が垣間見えることで、避けえない崩壊の様子、まるで16 世紀オランダ芸術のヴェニタスの思想の印象を与 えます。一方で、朽木に関しては、モノトーンの色調や草花の対比から死を連想させますが、その力強い植物自体が作り上げる自然彫刻の形状から生命の香を鮮明に印象付けます。
テーマも一見すると生と死という、相反するものとして解釈し表現されるところを、鞆岡隆史の作品は、西洋と東洋の思想の“ 間(あわい)” にもたち、二極化しながら循環する世界が広がり、日常に対する小さな思考実験を実践し、 写真からその問いの視点を鑑賞者に対して明るみにしているようです。
このように、鞆岡隆史の作品は、様々な“ 間(あわい)” にたち写真作品を提示することで、写真を鑑賞するという枠組みを超えた思考と視点の窓を開いているのです。

文・岡村陽平


